山猫を探す人Ⅱ

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2019年 05月 31日 ( 1 )


2019年 05月 31日

本州最東端の駅 岩手船越

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四十八坂の難所の手前にある岩手船越駅
ここは津波被害が及ばなかったはずなのだが、駅舎はプレハブリニューアルされていました。
こちらにも列車待ちのお客さんが4人ほどいらっしゃいましたね。
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しかしプラットフォームの土台や線路は旧山田線時代のものを流用していました。
何よりも、青い琺瑯の看板が良き味を出しています。
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本州最東端の駅 言われるまで気づかないなぁw
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駅は高台にあるが、下の低地は山田湾、船越湾の両方から津波が押し寄せたという

遠野物語には船越近辺の話が二つ掲載されています。

土淵村の助役北川清という人の家は字火石にあり。代々の山臥にて祖父は 正福院といい、学者にて著作多く、村のために尽したる人なり。清の弟に福二という人は海岸の田の浜へ婿に行きたるが、先年の大海嘯に遭いて妻と子とを失い、生き残りたる二人の子とともに元の屋敷の地に小屋を掛けて一年ばかりありき。夏の初めの月夜に便所に起き出でしが、遠く離れたるところにありて行く道も浪の打つ渚なり。霧の 布きたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近よるを見れば、女は正しく亡くなりしわが妻なり。思わずその跡をつけて、遥々と船越村の方へ行く崎の洞あるところまで追い行き、名を呼びたるに、振り返りてにこと笑いたり。男はとみればこれも同じ里の者にて海嘯の難に死せし者なり。自分が婿に入りし以前に互いに深く心を通わせたりと聞きし男なり。今はこの人と夫婦になりてありというに、子供は可愛くはないのかといえば、女は少しく顔の色を変えて泣きたり。死したる人と物いうとは思われずして、悲しく情なくなりたれば 足元を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦へ行く道の山陰を 廻り見えずなりたり。追いかけて見たりしがふと死したる者なりしと心づき、夜明けまで道中に立ちて考え、朝になりて帰りたり。その後久しく煩いたりといえり。(99話)

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船越の漁夫何某。ある日仲間の者とともに吉利吉里より帰るとて、夜深 く四十八坂のあたりを通りしに、小川のあるところにて一人の女に逢う。見ればわが妻なり。されどもかかる夜中にひとりこの辺に来べき道理なければ、必定化物ならんと思い定め、やにわに魚切庖丁を持ちて後の方より差し通したれば、悲しき声を立てて死したり。しばらくの間は正体を現わさざれば 流石に心に懸り、 後の事を 連の者に頼み、おのれは馳せて家に帰りしに、妻は事もなく家に待ちてあり。今恐ろしき夢を見たり。あまり帰りの遅ければ夢に途中まで見に出でたるに、山路にて何とも知れぬ者に脅かされて、命を取らるると思いて目覚めたりという。さてはと合点 して再び以前の場所へ引き返してみれば、山にて殺したりし女は連の者が見ておる中についに一匹の狐となりたりといえり。夢の野山を行くにこの獣の身を傭うことありと見ゆ。(100話)

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99話は明治の三陸大津波(1896年)の後日談だ。現在と同じような状況下の話です。
復興復興と何か上滑り的に急き立てられているが、心の傷の痛みに塩を塗るようなことになっていないかとても心配です。
見た目に建物が増えて、人の姿が見えて、鉄路が復活して、それはそれでとても喜ばしいことですが・・・・・

夏の夜は霧に咽びて明けにけり
(なつのよは きりにむせびて あけにけり)

                            山猫拝




by Wild_Cat_Seeker | 2019-05-31 05:34 | 鉄の目 | Comments(0)