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2015年 06月 18日
【原典】 (63話) 小国の三浦某と云ふは村一の金持なり。今より二三代前の主人、まだ家は貧しくして、妻は少しく魯鈍なりき。この妻ある日門の前を流るる小さき川に沿ひて蕗を採りに入りしに、よき物少なければ次第に谷奥深く登りたり。さてふと見れば立派なる黒き門の家あり。訝しけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き鶏多く遊べリ。その庭を裏の方へ廻れば、牛小屋ありて牛多く居り、馬舎ありて馬多く居れども、一向に人は居らず。終に玄関より上りたるに、その次の間には朱と黒との膳椀をあまた取出したり。奥の座敷には火鉢ありて鉄瓶の湯のたぎれるを見たり。されども終に人影は無ければ、もしや山男の家では無いかと急に恐ろしくなり、駆け出して家に帰りたり。此事を人に語れども実と思ふ者も無かりしが、又或日我家のカドに出でて物を洗ひてありしに、川上より赤き椀一つ流れて来たり。あまり美しければ拾ひ上げたれど、之を食器に用ゐたらば汚しと人に叱られんかと思ひ、ケセネギツの中に置きてケセネを量る器と為したり。然るに此器にて量り始めてより、いつ迄経ちてもケセネ尽きず。家の者も之を怪しみて女に問ひたるとき、始めて川より拾ひ上げし由をば語りぬ。此家はこれより幸運に向ひ、終には今の三浦家と成れり。遠野にて山中の不思議なる家をマヨヒガと云ふ。マヨヒガに行き当たりたる者は、必ず其家の内の什器家畜何にてもあれ持ち出でて来べきものなり。其人に授けんが為にかかる家をば見する也。女が無慾にて何物をも盗み来ざりしが故に、この椀自ら流れて来たりしなるべしと云へり。 (64話) 金沢村から山崎村に婿に行った男が、実家に帰る際、山道に迷い、マヨヒガに行き当たる。あわてて引き返したところ小国へ出た。六,七年前の話。 【解釈】 少々長くなったが63話を全文引用した。64話は必要なところだけを書き出した。さて、この話は西洋の話に出てくる『お菓子の家』的、「あったらいいね!」話で(自爆)してお終いにしても良いのですが、それにしては具体的すぎる。創作ではここまで細かに後世に残らないだろう。無論、後に三浦家が裕福になったのは、この椀の力だけであるなどと私は思わない。ケセネが尽きないだけなら、エンゲル係数が下がるだけである(笑)。(金を量ったら凄いことになるが・・・) この『マヨヒガ』には真実と御伽噺がない交ぜになっている。 真実・・・山中に不思議なる家は存在した。(或いは存在している。) 創作・・・マヨヒガの物を持ち帰ると裕福になる。 では疑問を解いてみましょう。 マヨヒガはどこにあるのか? これはもう先達の皆様が結論を出しているので今更なのですが、64話で山崎村から金沢村に帰ろうとしてマヨヒガに行き当たって小国村に出る。また63話も遠野物語の草稿には挿絵があり、女の遡った川が白望山から流れてきていることを示唆している。という記述を信ずればマヨヒガは離森から白望山にかけての一帯に存在することになる。 もう少しピンポイントで指定できないだろうか? 山崎村の婿殿が金沢村へ行くには琴畑川を遡り、樺坂峠を越え小槌川を降り途中の鷹ノ巣峠を越えるのが最短経路だ。これは当時(明治30年代)でも今でも変わらない。気の遠くなる距離だ。ところがこの婿殿、実家に帰れるヨロコビで気が動転していたのか、早々に道を間違えた。間違えやすいルートは以下のとおり。 ①琴畑川二股を広股沢方面に入り込み白望山中に分け入った。 ②鷹ノ巣峠の道と間違えて房間沢を遡った末に白望山北麓に達した。 続いて三浦家の女房。草稿本挿絵によると遡った川は三本に分かれる。 (a)一番手前の沢・・・・1139m峰の西に至る。 (b)真ん中の沢・・・・・1173m峰つまり白望山に至る。 (c)一番奥の沢・・・・・白望山と長者森の鞍部に至る。 三浦家の女房は蕗の生えている沢筋からは逸脱していないと思われる。従ってマヨヒガは小国の領分に存在すると判断出来る。翻って山崎の婿殿はとんでもない道の迷い方をしたようで、白望の峰続きのあのトンでもない藪を泳いで小国へ越えたか、当時は存在したマタギ道を通ったのかも知れない。より間違えやすいとしたら②のほうが濃厚だ。 しかし、ここで最大の難関が立ちはだかる。小国の人は基本的にマヨヒガの存在を知らない。だから三浦家の女房の話も信じなかったし、後の世に山崎の婿殿がホウホウの態で山から出てきた時(富裕なる三浦家が存在するにもかかわらず!)、マヨヒガなんか知らんと言い切ったのである。 この最大の謎は極私的解釈で乗り切るしかあるまい。やはり三浦家の皆さんは流れてきた椀で裕福になったとは思っていなかったのでしょう。あくまでも実力ですよ。ケセネが尽きなかったのは、実入りが良くなってどんどんケセネを補充したからですよ。まあ、不思議なことはあったけどね。この不思議体験が噂となって山を越えて山崎村に伝わり、ユートピア伝説とも、成金伝説ともつかないマヨヒガ伝説が出来上がったのでしょう。そんな折勃発した婿殿マヨヒガ遭遇事件はたちまち認知され、すぐに捜索隊が結成されたのでしょう。結局マヨヒガには行き当たらなかったのですが、これを『慾をかくと損をする』的に捉える向きがありますが、私は賛成できません。この婿殿に道案内させてマヨヒガにたどり着こうという考えが間違っていただけです。(多分とんでもない見当違いを捜索したことでしょう) マヨヒガは白望山と長者森の間、小国側の沢沿いのどこかに存在した(或いは存在している。)これが極私的解釈です。 でも、それが山人の家なのか、謎の製鉄民のコミュニティなのかはなんとも判断し難いところです。新しい説としては、多額の租税を逃れるために姿を消した富豪の隠れ家なんていうのもあります。
by Wild_Cat_Seeker
| 2015-06-18 21:56
| 復刻 山猫の館
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