2015年 06月 17日
原典 (3話) 山々の奥には山人住めり。栃内村和野の佐々木嘉兵衛と云ふ人は今も七十余にて生存せり。此翁若かりし頃猟をして山奥に入りしに、遥かなる岩の上に美しき女一人ありて、長き黒髪を梳りて居たり。顔の色極めて白し。不敵の男なれば直に銃を差し向けて打ち放せしに弾に応じて倒れたり。其処に駆け付けて見れば、身のたけ高き女にて、解きたる黒髪は又そのたけよりも長かりき。後の験にせばやと思ひて其髪をいささか切り取り、之を綰ねて懐に入れ、やがて家路に向ひしに、道の程にて耐へ難く睡眠を催しければ、暫く物蔭に立寄りてまどろみたり。其間夢と現との境のやうなる時に、是も丈の高き男一人近よりて懐中に手を差し入れ、かの綰ねたる黒髪を取り返し立去ると見れば忽ち眠は覚めたり。山男なるべしと云へり。 (4話) 山口村の吉兵衛と云ふ家の主人が根子立といふ山で若き女の稚児を負ひたるに逢う。極めてあでやかで、衣類の裾のあたりを木の葉を添えて綴りたり。此人は其折の怖ろしさより煩ひ始めて、久しく病みてありしが、近き頃亡せたり。 (5話) 笛吹峠で近年、山中にて必ず山男山女に逢うので、恐ろしくなり、境木峠に道を開いた。 (7話) 上郷村の女、恐ろしき人にさらはれ、五葉山の腰に住む。恐ろしきものの特徴は丈極めて高く眼の色少し凄し。同じような人、四五人集まることあり。 (8話) 菊池弥之助という老人が境木峠を越えるとき、大谷地の上で、何者か高き声で面白いぞーと呼ばるる。 (29話) 前薬師にて山口のハネトと云ふ家の主人があまたの金銀をひろげた三人の大男に遭遇。眼の色極めて恐ろし。 (89話) 山口より柏崎へ至る途中の愛宕山で山の神に遭遇。遠野郷には山神塔多く立てり、その処はかつて山神に逢ひまたは山神の祟りを受けたる場所にて、神をなだむるために建てたる石なり。 (91話) もと南部男爵家の鷹匠、『鳥御前』が続石の上の山中、大なる岩の陰で赭き顔の男女に遭遇。ひやうきんな人なれば、切刃で打ちかかる真似をしたところ男に蹴られて前後不覚に。その後三日間ほど病みてみまかりたり。山の神たちの遊ぶ処を邪魔したための祟りと言へり。 そのほかに (6話)(9話)(28話)(30話)(31話)(34話)(35話)(75話)(89話)(90話)(92話)(93話)(98話)(102話)(107話)(108話) (拾遺100話)(拾遺102話)(拾遺103話)(拾遺104話)(拾遺105話)(拾遺106話)(拾遺107話)(拾遺109話)(拾遺110話)(拾遺111話)(拾遺115話)(拾遺120話)。 *長者屋敷、マヨヒガは別項を設けるのでここでは言及しません。 【解釈 】 山人、山の神、山男山女、天狗というカテゴリは実に本編119話中22話、拾遺299話中23話を数える。山中において出会う神とも妖怪とも人間ともつかない不思議な存在である。本編では地勢、三人の女神の次に早々と登場して実に七話連続で言及している。山男山女という言葉が柳田国男の造語である可能性が指摘されている。3話では山々の奥には山人住めり。と書き出し、山男なるべしと云へり。で結んでいる。何を以って山男と言い換えたのか? その後の物語を読んでも山人、山の神との境界線はあやふやである。 ともあれ、これら不思議なる存在を特徴別に分類してみよう。 容姿・・・丈大く、色が白い、もしくは赭く(あかく)、眼光鋭い。 ⇒3話、7話、29話、30話、90話、91話、93話、102話、107話、拾遺104話、拾遺107話 色が白いのと赤いのは実は同義であると思う。肌の白い人が怒ると赤ら顔になるでしょう。この容姿は外国人(特に白人系)でしょう。 (84話)(85話)で江戸時代から外国人が居留していることが判る。 出会い=危害を加えられる。 ⇒90話、91話、拾遺120話 出逢った恐ろしさで病んだり亡くなったりしたものは除くと以外と少ないのである。しかも松崎村の若者(90話)も鳥御前(91話)も先に手を出している。逆に危害を加えている例は(3話)(28話)(拾遺107話)となり圧倒的に里人の方が過激なのである。特に(拾遺107話)はひどい。不思議なる存在は元来平和主義者であるのが判る。 里の女をさらう ⇒6話、7話、8話、31話、拾遺109話、拾遺110話 極めて人間臭い行為であり、里人とある程度のコミュニケーションが取れるようである。また物資を里に頼っている面もあり、単に山に住む人と限ってもいいようである。 会話をする ⇒6話、7話、9話、29話、35話、75話、92話、93話、111話、拾遺110話、拾遺111話 実はこの特徴が一番重要だと思っている。いや正確に言うならば、しゃべらないことが重要なのである。喋ること自体、人間的行為であり、超常的存在というカテゴリーから外さないといけない。 【極めて私的な結論】 いつの頃からか、遠野郷近辺に狩猟を生業とする白系外国人が居住し始めた。大陸からかも知れないし、捕鯨船の遭難者かも知れない。彼らは先住の人々の迫害を恐れ、山懐深く身を隠したのでしょう。丈高く色白い、もしくは赭き顔の山人、山の神は彼らの末裔であろう。里の女をさらって妻としたり、街場の市にて買物をしたり、また小規模なコミュニティも作っていたのだろう。 それ以外の山人、山男、山女は製鉄民とその家族と思われる。白望山考でも触れたが特殊技能を持った彼らにかかると人跡未踏の深山が宝の山になる。生活の基盤も或る程度出来るだろう。 しかし、白子の生まれる環境を創った一派は例外で、里人との融合は為されなかったようだ。里人は深山で出会う彼らを異界の人、或いは神として捉え、接近遭遇の記念に石塔を立てることもした。山人は迫害を恐れ、里人は祟りを恐れた。微妙なバランスの上に両者は共存していた。 明治の世になり、里人の経済活動が活発になるとバランスが崩れだした。山人たちは里人の度重なるテリトリー侵犯に恐怖感を抱いていたのでしょう。里人を遠ざける手立てとして、大なる草鞋を編み大山人の存在をアピールしようとした。その大きさ、30話では三尺(90cm)、拾遺104話ではなんと六尺(180cm)もあった。似た様な話は遠く与那国島でも残っている。度重なる海賊の襲撃を止めるために巨大な草鞋を海に流し、巨人の棲む島と思わせたということだ。 避けられない接近遭遇、そして里人の攻撃。彼らは止む無く祟りを実行しますが、それは全体から見れば、ほんの僅かのことでした。遠野物語が刊行された明治末期は、山人たちの最後の抵抗むなしく時代の趨勢に押し流された時期だったのでしょう。 彼らが息絶えたとは私は思ってません。彼らは時代に流されただけであって今も脈々とその血を受け継いでいるのだと思ってます。
by Wild_Cat_Seeker
| 2015-06-17 22:08
| 復刻 山猫の館
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