山猫を探す人Ⅱ

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2015年 01月 18日

目黒川④ 目黒-中目黒

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目黒駅から権乃助坂を下ります。
右側にアーケードの商店街が見えますが、権乃助坂商店街でして
ラーメン店がひしめく麺食いにはたまらない場所ですw
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目黒川の川岸に残る国旗掲揚台
「區」の文字が歴史を感じます。
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目黒川です。両岸は桜でしょうか。春の頃はさぞかしキレイでしょうな。
さてここで寄り道です。
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一か所目は大鳥神社
室町時代の地図にはすでに掲載されていたという目黒区最古の神社で、江戸時代には浅草に習い熊手を商う酉の市が始まり、今に至っているそうです。
なんか、ワタクシ就学前のがきんちょの頃に此処へ来たことがあるような、ないような・・・変なデジャブを感じました。
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ほど近いところにある蟠龍寺(ばんりゅうじ)は山の手七福神巡りの弁財天を祭ったお寺さん。目黒川の河岸段丘に建てられています。
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蟠龍寺の裏手の細い道を登っていくと彼方には目黒不動の森が見えて
付近はしっとりと落ち着いた住宅街です。
住むならこのような場所がいいな~・・・・
まぁ、ワタクシの財力と稼ぎじゃ、逆立ちしても、清水の舞台から飛び降りても
実現不可能ですがね_| ̄|○
さて、そんな住宅街の中に不自然な道がありました。
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妙に優しいカーヴが延々と続いています。
ええ~? まさか鉄関連ですか? いやいや今日にエントリーでは
鉄話題は取り扱いませんよw
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カーヴが終わると今度は延々と直線が続きます。
判りにくいので地図で確認しましょう。
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明らかに不自然な道形ですな。
正体は、目黒通りの交差点名に残っていました。

「元競馬場」

なんですと? そう、ここは明治から昭和戦前にかけて目黒競馬場でした。
草競馬ではなくれっきとした競馬で、現在の日本ダービーの前身である
東京優駿大競争の第一回目が行われた由緒ある競馬場だったとか。
今でも目黒記念というレース名が残っているほどです。

ワタクシは第3コーナーと向こう正面辺りでシャッターを切っていたわけです。

相当寄り道しましたな。
東京ちょい散歩の数少ないルールのひとつに「同じ道を戻ってはいけない」というものがあり(今決めたw)、目黒川に戻ろうと適当に歩きます。
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油面地蔵通りという珍しい名前に惹かれて通りを行けば、古めかしい標柱に惹かれてシャッターを切る。英語の銘盤というのも珍しい。
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東京は新陳代謝の早い街だ。
次に此処を訪れた時、目にするのは中層のマンションに違いない。
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いつしか、祐天寺の境内林が見えてきた。
ということは東急東横線のラインまで歩いてきたことになります。
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祐天は芝増上寺の僧でその弟子が祐天を開山として創建した寺で
今年が創建297年ななります。
山門から手水場から本堂、鐘突堂に至るまで地震が起きたら、すぐに離れてくださいという旨の貼紙がしてありました。
少々疲れが出てきて陽も傾きかけてきたので、進路変更して渋谷を目指します。
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祐天寺駅の北側は緩やかな谷底地形になっていて、
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そこに、本当に此処歩いていいんですか?くらい細い緑道が蛇行していました。
これは絶対に昔の川跡だね。これを辿ると目黒川に行き着く寸法さ。
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やがて細い緑道は、広い緑道に合流し、
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かつて川であった証し(橋)も見受けられました。
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中目黒の駅前でついに目黒川に合流。ほんの僅かですが流れが見えました。
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辿ってきた川の名は蛇崩川でした。

少々長くなりましたので、渋谷までの行程はまたいずれ・・・・







by Wild_Cat_Seeker | 2015-01-18 21:07 | 東京ちょい散歩 | Comments(0)


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