山猫を探す人Ⅱ

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2010年 12月 02日

笛吹古道がおる伝説

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きっかけはこの古地図だった。
駄賃付けの衆が通った道が未だに痕跡を残しているかもしれない。
少ない機会を利用し、境木峠や笛吹峠近辺を探索してきた。



しかし、古道探索はハズレの多い趣味じゃのうw



でも今回はなにやら、アタリの香りが強い気がwww



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話はここからでしたね。
極めて明瞭な古道跡に感動と興奮を覚え、いつになく士気高揚なワタクシであったw



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塩の道との合流点は下草もなく、ダケカンバ交じりの雑木林で、特徴的な岩がありました。



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古道跡は独標(*1)878mの北側を巻くように緩やかに登っていく。



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路傍の立木には営林署の標識があり、今でも山仕事でこの古道を利用していることが伺える。



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道を進むと落ち葉のプロムナードから湿気の多いシダの斜面となり、



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やがて、笹が狼藉を始めた。



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笹の狭間から景色を眺めると、金堀沢の対岸の峰が・・・・
あそこにも笛吹峠から大洞に抜ける古道が残っている確率が高い。



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目を移せば、貞任のぶんぶん丸に、おお、お白(*2)じゃねーか(笑)



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さて、行く手を見ると、ちょっちミスター古道が自信なさげです。
実は、この辺り古地図の道筋とは微妙に違うような・・・
まぁ、古地図が常に正確かというと、そのへんは実にぁゃιぃ(w



今回はこのあと予定満載なので、ここで撤収とします。

まぁ、素直に白状すると、やはり、ちょっち、そこはかとなく がおっていたw



では、地図でおさらいです。



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*1    独標とは独立標高点の略語。現在は単に標高点と呼ばれるようだ。
   地図を見やすくするため要所の標高を表記したもので、
   三角点とは違い標柱などは埋め込まれていない。



*2  お白とは白望山(白見山)の愛称。
   石上山をお石、六角牛山をお六、早池峯をお早と呼ぶ遠野ブロガーの風習に習った。



by Wild_Cat_Seeker | 2010-12-02 05:46 | 古道を往く | Comments(6)
Commented by romi at 2010-12-02 20:43 x
幕末の頃なのかなぁ~
我が家の本家は村長的家らしく広大な田畑や山林を有していたとか。
駄賃付け?の馬がいっぱい居過ぎて上にあがって馬を数えた等々。。。
萱葺き屋根の大きな屋敷・・・13間もあったとか・・・一時は学校にも。
そんな家なのですが・・・本家は。。。。チト寂しい状態です。
あと10年・20年後には再興されていると信じております。
で、駄賃付けで・・・・絡まってみましたぁ~~~~^^v

Commented by yamaneko at 2010-12-02 22:03 x
romi様

絡みにくいネタにピンポイントで絡んでいただき恐縮です。。。

遠野物語にも登場した旧家のハナシですね。
塩の道はやはり莫大な富を生む道だったのでしょうか?

次回はエンデから歩いてみたいと思います。
その時は庭先にクルマを置かせてくださいね。

Commented by たみゃちょ at 2010-12-02 22:40 x
がおったものの、なかなか見られない眺めも見られるのは、
フツー人がいかない道に足を踏み入れる勇気があるから
こそでしょう!

さて、次なる「がおる伝説」は生まれるのか?
どうやら続編もありそうな気配・・・タノシミトンノミ
です(うあ!久々に使ったぞ)。


Commented by yamaneko at 2010-12-02 22:53 x
たみゃちょ様

年々がおり度が増してくるので、いつまで馬鹿出来るか神の味噌汁w
この古道はぜひとも全貌を明らかにしたい道です。

ぜひとも遠野遺産にかでてほすいです。

でも誰が見にいくんだ?www

続編? まぁ、ちょっち、ありますwww

Commented by numako at 2010-12-03 02:42 x
やっぱりあるもんですなあ。
峠頂部のほうが色々と残ってる率が低いのかなあ。

>ぜひとも遠野遺産にかでてほすいです。
登り口辺りに碑でも残ってれば…
つか、飯豊の外れ辺りにも庚申様とか無いんだろうか。

Commented by yamaneko at 2010-12-04 09:02 x
numako様

貴兄の予測どおり、植林帯では壊滅、尾根筋で健在な古道でした。
人通りの絶えた今でも道跡が残っていることが驚きです。

>つか、飯豊の外れ辺りにも庚申様とか無いんだろうか。

どうなんでしょ? ワタクシが見た限りですと無かったような・・・・
かわりにパイオツとイチモツが奉られた社がありましたが(ワラ



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