2009年 04月 18日

伊豆権現

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小友の谷を遡りし先に赤き鳥居を見出せり。
赤き鳥居は御利益三倍なるべしとぞいへり(哂)
其の正体を知らむと欲し近寄りたれば
動く白きものあり。
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白き山羊なり。
頭を隠し尻を隠さず懸命に草を食みてありたり。
さぞ珍しき山羊なるべしと思ひ、通りすがりたる人に名を問へば
「頭隠して尻隠さず山羊」とぞ言へり。
「そのままやないけ」と思へり。「ながっ!」とも思へり。



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山羊を見に来たに非ず、と我に返りて鳥居の前に立ちたり。



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名を伊豆権現とぞ云ふ。
来内に同名の権現あり。遠野物語の冒頭に語られたる場所なれば伊豆権現と言へば
そちらの方が有名なり。



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傍らに馬魂碑あり。小黒号なる馬を祀りたるものなり。小黒号なる馬は此の地に産せし名馬にて九朗判官義経公の愛馬なり。時既に死地に至りし時、義経公愛馬を道連れにするに忍びなく「疾く故郷へ帰るべし。」と小黒号を放ちたり。その後小黒号は走り詰めに走り遂に此の地に辿り着き、死したりと云へり。



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その後義経公奇跡的に死地を脱し平泉より北上山地深く分け入りて消息を絶てり。



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その後の義経公の行跡は諸処に残れり。遠野郷に於いても義経伝説多く残れり。



気仙口より赤羽根峠を越え赤羽根スキー場にてパラレルターンを堪能した後、上郷にて風呂を所望。汗を流し湯上りに「ビアンラルク」を一気飲み。手は腰に添えた事は云ふまでもなし。その後、東海岸に越える峠で得意の笛でリサイタルを開き、以降その地は笛吹峠と呼ばれるようになりたり。

(註:このエントリーには史実に基づかない伝説が含まれており、かつ山猫なる人物の妄想、おふざけが散りばめられているのでお気をつけ願いたい。www)













by Wild_Cat_Seeker | 2009-04-18 11:21 | 神社、仏閣、石碑 | Comments(4)
Commented by たみゃちょ at 2009-04-18 19:06 x
オグロ繋がりとはこれですかィ!

事実は消雪より生成! と、申しますが、まさか義経公が
湯上りには、こーしー牛乳ではなくビアンラルクがスキだった
とはねぇー
オグロ号なる馬は、鉄の馬だったという説もあるといふのは
真ですか?

歯ぁ~、ビッ栗した!


一週間前桜が見頃だったウチの周りは、丁度一枚目の画像のような
山と化しています。
早い、早過ぎるぞ、今年の桜!

SA☆RA☆NI!
遠野の桜が咲いちった!
さっき現地の方に訊ねたら、大工町の某お寺では満開だそうです。
アア、でも、yamaneko捜査官のミッションに桜は含まれてなかったか_|‾|○

Commented by yamaneko at 2009-04-19 08:24 x
たみゃちょ様

へい、これが小黒つながりでやんす。
背景の萌え萌え度から5月にエントリーしようとしていた記事ですが、予想以上に、つーか去年並みの韋駄天な春のようで。。。。

んで義経さんね。
多分、影武者が行動したのでしょうね。義経は平泉を出て北へ行ったという風に鎌倉側に思わせるために。(妄想~~~)

Commented by ゆーくん at 2009-04-19 20:21 x
こんな所にヤギいましたっけ?

この前はお招きありがとうございます。
眠くて紙とんかつ?の味を覚えてなく残念です。

Commented by yamaneko at 2009-04-19 21:39 x
ゆーくん様

ヤギはいたのです。一年前ですけど(w

この間は夜勤明けの過酷な体調の中、すんませんでした。
次回は万全で飲みたいですね。



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